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プロローグ
この町には、とても長い階段がある。
診療所の裏を抜けて、木立の中に入る。
そこにあるのは、両側から覆いかぶさった木の枝が作る自然のトンネル。終着点にあるのは丘へと続く階段だ。
昔はしっかりした作りだっただろう石段にはコケが生えて、ともすればさかさまに地面に落とそうと僕の足を滑らせる。
そんなことにはならないと、痛いくらい手すりをぎゅっと握り、足を踏みしめて、いっぽずつ上に登っていく。
やがてトンネルを抜け、光が溢れたように景色が変わる。
目の前に広がるのは一面の草原。
足首を草が撫でる、山を駆け上った風がさわさわと草の頭を撫でていく。
草原は広く、緑の丘の上には青い空と、白い雲が広がっていた。
「あれ……?」
でもそこに、今日は違う色が混じっていた。
麦わら帽子からでている長い銀色の髪。
真っ白な肌を包んでいるのは、違った白さを持つワンピース。
風に飛ばされそうな帽子を手で押さえ、遥か彼方を見ている。
(誰だろう……?)
目の前の女の子に見覚えがなかった。
あんな目立つ髪をしていたら、わからないはずがない。
少女が動く。
僕が出した音に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。
「こんにちは」
「こ、ここ……こんにちは……」
女の子の顔をまともに見る事が出来なかった。
最初はまるでその人が絵の中から抜け出してきたようで現実感がなかったが、話しかけられた事で目の前にいるのが本当の人間だって分かったから。
彼女は後ろ姿から想像していたよりも、ずっと。とても綺麗な人だった。
その子は慌てふためく僕を見て、可憐に微笑んだ。
色素の薄い肌。唇のピンク色にドキリとする。
だからだろうか。その次に女の子からでた、とても衝撃的な一言を危うく聞き逃してしまう所だった。
「お久しぶり。元気してた?」
「え――?」
見知らぬ女の子から言われた言葉。
夏の空に浮かぶ雲と、それから緑の草原と。
これから始まる、少し不思議な物語。
彼女と二人で、想い出を探す物語。
永遠に忘れられない夏休みが、今、この時から始まったのだ――。
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