莉都の休日



 休日――街を歩く人の波。
 家族や友達、恋人たち。様々な関係の人たちが思い思いの休日を過ごしている。
 夏を前にした最後の連休に、人々は浮足立っているようにも感じる。
 そんな街中に、俺――倉上進矢も繰り出していた。
「本当に申し訳ありません。せっかくのお休みでしたのに」
「別に構いませんよ。小夜璃さん一人だけじゃ大変でしょう」
「ですが……本当にありがとうございます」
 そして隣で私服の小夜璃さんが恐縮しまくっている。
 俺の両手には大きな紙袋が、その理由だった。
「でも小夜璃さんだけじゃ、こんな大荷物は無理じゃないですか? 普段はどうしてるんです?」
「いつものは業者さんが届けてくれるのですが……今回はお休みが重なってしまいまして。来週でも構わないとは思うのですが、休みの間に切らしても問題がありますし」
「ははぁ、なるほど」
 ちなみに紙袋の中に入っているのは、俺たちの住む月光館で使っている蛍光灯だ。
 食堂の電気も切れてしまい、タイミング悪く月光館の倉庫のストックも無くなってしまっていたため、こうして買いに来たという訳だ。
「私が確認をしていれば……」
「まあまあ、もう買い物も終わった訳ですし」
「本当にありがとうございます」
 そんなこんなで、消耗品の予備の確認が抜けていた小夜璃さんは、自責の念から先ほどからこうして謝り通しになっていた。
「それより小夜璃さんはお休みの間も、ずっと月光館に詰めてるんですか?」
「そういう訳ではありませんよ。お休みの日が世間の休日とはずれているだけで、きちんとお休みしておりますから」
「あ、そっか。休みだと莉都も月光館にいるし、お世話する小夜璃さんにとっては仕事日になってしまう訳ですか」
 となると俺たちが登校日の方が都合がよさそうだ。
 あるいは数日まとめて休みを取ってしまうとか。
 事前に知っているなら、その日は小夜璃さんが居ないから、食事の支度なども各自の部屋で済ませればいいだけで……。
「……あれ?」
 そこまで考えて、はたと気がついた。
 俺が月光館にやってきてから結構経つのに、今まで一度も小夜璃さんが休みだった記憶がない。
 かといって雇い主の莉都が小夜璃さんだけ働かせて休んでいる訳でもない。
 二人揃って休日を取っている記憶がないのだ。
「あの……最近休んでます?」
「はい。もちろんです」
「莉都もですか?」
「莉都様は……ええと、ああいう方ですので……あ、ですがきっと進矢さん達とおられる時にはとてもくつろいでいらっしゃいますよ。私の知らない所で莉都様も休日を上手く回されているのではないでしょうか」
「……そういうものですか」
「はい。そうだと思います」
 なんだか釈然としなかったが、莉都ならうまい具合に回してそうという言葉は本人を知るだけに納得出来た。


「小夜璃の休日だと?」
 月光館に戻り、切れた蛍光灯を取り換えた後は莉都の部屋に向かった。
 机の上には何かの書類があり、そこに目を落としながら俺の話を聞いていたが、唐突にこちらを振り向く。
「シフト等のスケジュールは本人の物も含めて小夜璃に一任している。彼女ならば不正を働くとも思えんし、そうだとしても特殊な事情があるからだろうから、特に何かを言う必要もないな」
「……いや、そうじゃなくて」
「ならどうしたんだ?」
 まったく分かっていないようだった。
「ちなみに、お前自身は休みを取ってるのか?」
「ふむ。休みか……」
 幼馴染の神凪莉都は天都原学園の理事長でもある。
 授業の合間に抜け出してそちらの仕事をしたり、そもそも授業に出ない事もある。
 一般の生徒に示しがつかないとして、自ら課題などは率先してやっている莉都だが、その分だけ他人よりも忙しくなってるのは間違いない。
「最近は失念していたな。ああ、勘違いするなよ。体調を損なう程に根を詰めている訳じゃないからな。睡眠時間はきちんと確保をしている」
「…………」
「なんだ、その顔は。不満そうだな」
 なんつー似た者同士だ。
「たまに一緒に出かけたり、みんなと遊んだりしてるだろ? その時も仕事をしてたりするのか?」
「その日のうちに片づけなくてはならない物だけだ。後日に回せる物まで無理に手をつけたりしない」
「……やっぱりか」
 がっくりと肩を落とす。
 本当に莉都と小夜璃さんはよく似ている。
 というか、お互いに似すぎている事にすら気づいてないのかもしれない。
「はっきりしないな。一体どうしたんだ?」
「お前、今日はまだやらなくちゃいけない事が残ってるのか?」
「いや急ぎの物はないが……」
 それだけ聞くと、莉都の手を掴んだ。
「お前は今日はもう休みだ。遊びに行くぞ」
「お、おいっ。進矢っ」
 そのまま莉都の手を引いて、廊下に出る。
 莉都の部屋の前には小夜璃さんの部屋がある。莉都の手を引いたままノックをした。
「はい。……あら、どうかされましたか?」
 部屋の前に立つ俺と莉都を見て、小夜璃さんが目を丸くしている。
「小夜璃さん、今日は急ぎの仕事ってまだ残ってますか?」
「えっと、そうですね。お夕食の時間までは特には」
「じゃあもう休みでいいですよね。夕飯なんて皆がそれぞれ勝手に食いますから。あ、それとも既に準備したり、賞味期限やばい食材があって使わないとまずいなんて事はあります?」
「い、いえ。そういう訳でも」
「じゃあ小夜璃さんも休みでいいですね」
「えっと……」
 困ったように俺の後ろにいる莉都を見る。
 莉都は肩を落として、観念したように言った。
「進矢の好きにしてやってくれ。進矢なりに気を使ってるんだ」
「ふふ、そういう事でしたら分かりました。では私もエスコートをお願いします」
 柔らかくほほ笑んで、俺に手を伸ばす。
「…………」
 勢いでやってしまったが……改めてやられると、手を取るのがすごく気恥ずかしくなってしまった。

 それから三人で街に出る事にした。
 特に目的を決めないまま、莉都と小夜璃さんと三人で歩く。
 こういう事をするのも、今回初めてかもしれない。日頃から俺たちは目的に追い回されてるんだと改めて実感する。
「何か目当てでもあるのか?」
「別にそういう事じゃない。単に街をぶらついてみただけ。……まあ、勢いで飛び出してしまった部分もあるけれど」
「進矢さんがどこかに連れて行って下さるのですよね」
「……あんまプレッシャー掛けないで下さい」
 既に手は繋がれていないが、一定の距離のまま二人と歩いている。
 莉都と小夜璃さんの、お互いを信頼してるがゆえのすれ違いを聞いて、何となく休みという物を味わってほしくなっただけなのだが俺自身に何か企画があった訳じゃない。
「しっかし、普段からこうだと今まではどうしてたんだ? まさか俺が来るまでずっと休み無しだった訳でもないだろうし」
「いや……確かに失念していたが、別にそういう訳ではなかった。ただ、これまでは特に意識する事もなく上手く回っていたからな」
「いやでもそれって、気付かなかっただけじゃなく?」
「進矢達が居ないなら、月光館には私と小夜璃しかいない事になる。集団行動をする必要性がないのだから、空き時間は増えるだろう? それが休暇とほぼ同意義だったんだ」
「…………」
 少しだけ想像してみる。
 あの洋館に二人だけしかいない状態。そんな所で常に一緒に行動する理由もない。
 俺たちが何かをして莉都が顔を出す事もなく、俺たちが莉都の部屋に押しかける事もない。
 そんな接触が増えれば、部屋に一人の時間はどんどん増えていく。
 和奏さんがいないから皆でゲームで遊んだりもしない。退屈を紛らわすために仕事を片づけて一人でくつろぐのは、ありそうに思えた。
「あ、ですが勘違いはなさらないで下さい。私も莉都様も今の賑やかな月光館を気に入っております。前は静かで穏やかではありましたが、あまりにも静かすぎましたから」
「進矢達が増えて休みが無くなれば、進矢が気づかって強引に休みを与えてくれたりもするしな」
「……くそ、まだ言ってる」
 きっと今の俺の顔は酷く赤面しているだろう。
 ああ、もう。美人二人連れて街歩いてるのも恥ずかしいのに、これじゃいい笑い物だ。
「…………」
 そう思って周りを見渡してみたのだが、俺たちを見てる人なんて誰もいない。
 それもそうだ。
 今日は休日、お互いの家族や恋人、友人達と繰り出しているのに、わざわざ見知らぬ他人に気を払う人間なんていない。
 事実、俺も今の今まで他人からどう見られるかなんて気にしてなかった。
 なんだ、それでいいのか。
 そう思うと随分と気楽になる。
「じゃあ、お茶でもしにいこうか。小夜璃さんの淹れてくれるお茶やコーヒーは美味いけど、たまには外で飲み食いしてもいいだろう」
「カフェオレの美味い店なら大歓迎だ」
「そんなの俺が知る訳ないだろ。適当に入って探してみようぜ」
「……わかったわかった。まるで子供の頃に戻った気分だ」
「そうか?」
「子供の頃に、知らないお店や街を探検するのはよくある話です。きっと、進矢さんと莉都様の子供の頃もそうだったのですよね」
 どこか懐かしい顔で小夜璃さんが言う。
 確かに、そうだ。
 あの頃は毎日が冒険で、休みのたびに遊んでいた。
 休みのはずが疲れ果ててくたくたになっていたけれど、それでも楽しかった。
「じゃ、今日はそれだな。美味しい店を発掘したら今度は皆に紹介してやろう」
「では最初の店は進矢に任せよう。上手く当たりを引き当ててくれよ」
「任せておけ」
 商店街のアーケードを見渡す。
 行きつけのチェーン店もあれば、入った事のない個人経営の喫茶店まで様々だ。
「あそこにしよう」
 そう言って指差したのは、前から看板だけはよく見ていた小さな喫茶店だった。
「……最初にしては悪くはなさそうだな」
「では、参りましょう」
 小夜璃さんが俺と莉都の手をとって歩きだす。
「あ、ちょっと」
 まるで小さな弟を先導するかのような仕草はとても気恥ずかしく、でも同時に不思議な懐かしさがあった。
「この調子では、夕方までにこの辺りの店を全て回りそうだな」
「そうなったらまた次回だな」
「……昔も、そう言ってはあちこちに遊びにいったな」
「そうだっけ?」
 莉都にはそう返したが、俺も覚えている。
 毎日が冒険のような幼い日々。
 短い時間だったが、今も宝物のように思っている。

 成長した今では難しくなってしまったかもしれないけれど、たまにはこういう休みも良いだろう。
 今日は三人で心行くまで遊びつくそうと、最初の店のドアを開けながら思っていた。


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